Walking Surveillance - 歩く監視カメラ
現代日本において、監視カメラは日常の一部と化している。繁華街、路上、駐車場、あるいはビルの中。一歩外に出れば、我々の姿は必ずどこかのレンズに捕捉されている。ひとたび有事が起きれば、個人の追跡を拒むことはもはや不可能に近い。
本作品は、監視される側が監視者へと回ることで、その立場を反転させる試みである。私はアクションカメラを身体の一部として装着し、繁華街を徘徊した。カメラは私の意志とは無関係に、毎秒その瞬間を記録し続ける。展示では、その膨大な連続体から10秒間隔で機械的にスナップショットを抽出した。このサンプリング・プロセスは、撮影者の「決定的な瞬間」を徹底的に排除し、私の歩行を単なるデータの集積へと解体していく。
身体と同化したカメラは、街に遍在する監視カメラの視線と同期し、他者を一方的に捕捉する暴力的な装置へと変質する。この写真は、私的な「ライフログ」なのか、それとも移動する権力による「監視映像」なのか。機械の目にすべてを委ねることで、監視と日常がいかに不可分なものとして我々の身体を侵食しているかを暴き出す。
東京綜合写真専門学校 第66回卒業制作展・研究科展
場所:あざみ野市民ギャラリー
会期:2026/03/04-09

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